リスクと安全保障

ヨーロッパというリスク

2015.02.09

ヨーロッパというリスク

 今年、ユーラシアグループが世界の10大リスクの筆頭に挙げたのがヨーロッパだった。物価が低下し、デフレーションに落ち込む中で、各国の指導者たちの方向性がまとまらないというのがその理由である。1月25日には、ギリシャで総選挙が行われ、緊縮経済に反対する急進左派が第1党となった。ユーロ圏の亀裂が深まるかもしれない。リコー経済社会研究所上席研究員、神津多可思氏にそんなヨーロッパの見通しを聞いた。以下、その要旨である。

 ヨーロッパ諸国は、経済構造の急転換が図りにくく、政治も難しい状況にある。とくに、統一通貨ユーロを使う地域では、経済状況の異なる国々をまとめなければならない。これは、日本やアメリカにはない問題だ。端的に言えば、ドイツをはじめとする欧州北部の国民が、財政再建を進められないギリシャやスペインなど南部の国民を同じ欧州と思えるか、という問題だ。このリスクが、ギリシャ総選挙を機に顕在化するおそれがある。

ダイナミズムに欠ける欧州経済

 もともとヨーロッパの資本と労働の移動は「粘着的」であり、米国に比べれば経済のダイナミズムに欠ける。

 1990年代以降、ヨーロッパにおいては欧州連合(EU)として経済統合が進んだが、域内の経済的流動性はそれほど高まらなかった。豊かな国からそうでない国へ、産業や雇用の機会が移動することが期待されていたが、それが進まなかったということだ。「ペリフェラル(周辺国)」と呼ばれる南欧諸国ほど、労働組合が強く、伝統的な中小企業が多いなどの特徴があったためだ。その結果、いわばドイツが一人勝ちという状態になった。ドイツの経常収支黒字は拡大し、昨年はとうとう財政黒字を達成した。「一将功成りて万骨枯る」的な状況だ。

「グリジット(Grexit)」は実現するか

 一方、ギリシャは先ごろまで経常収支が赤字だった。つまり新たな国債を発行するとしてもギリシャ国内では消化できず、外国の金融機関に国債を買ってもらわなければならない。日本のように、国内の銀行が国債を十分に買ってくれる「幸福な状況」からはほど遠い。だからサマラス前首相は財政赤字を縮小するために公務員の解雇など財政の野緊縮に努めた。その結果、国民に不満が高まり、今回の選挙では左翼野党が勝った。

 ECB(ヨーロッパ中央銀行)やEU、IMF(国際通貨基金)は、ギリシャを支援する条件として緊縮財政による財政再建を求めた。今後、選挙に勝った急進左派が、支援条件を巡ってEUなど「トロイカ」とどれだけ交渉できるのかが注目点だ。

 もしこの交渉がうまく行かないと、ギリシャがユーロ圏から離脱するという可能性も取りざたされている。最近ではギリシャ離脱の「造語」で「グリジット(Grexit)」という言葉もできた。

高まる「反EU」の動き

 しかもEUの「たが」を受け入れたくないと思っている国はギリシャだけでない。イタリアやフランスにも、そうした底流がある。これまではユーロ圏諸国の選挙では、統一通貨に留まるという政権が何とか支持されてきた。しかし、国民の不満はなくなったわけではなく、いつ爆発してもおかしくない。

 5月にはイギリス総選挙がある。欧州の中では相対的に良好な経済状況にあり、ドイツに並んで「EUの勝ち組筆頭」と言われているイギリスでさえ、EUに残ったほうがいいのかどうか疑問視する声が少なくない。今年後半にはスペインで総選挙もあるため、ソブリン危機再来のリスクについて注視しつづけなければならないと思う。

政治的求心力の低下が問題

 また、1月15日にスイス国立銀行(中央銀行)が対ユーロ相場の上限を突然撤廃した。スイス国立銀行は、スイスフランの対ユーロ相場を安定させるため、「ユーロ買い、スイスフラン売り」の介入を続けていた。このスイスフラン売りユーロ買いでスイス国立銀行のバランスシートが膨らみ、対GDP比率でいうと、日本銀行を上回るほどだ。しかし、「もうユーロには付き合えない」とばかりに、為替の無制限介入を停止した。

 スイスは顕著な例だが、「義理がなければもう付き合わない」という選択をする国が出てきてもおかしくはない。こうした例が増えれば、徐々にヨーロッパ全体の経済を苛んでいくと思う。ユーロ圏を維持することでメリットのあるドイツがどれくらい譲歩し、フランスがどれくらい頑張れるかによるが、EUとしての求心力を維持するのが難しい時期に来ているのではないだろうか。

日本型デフレに落ち込む?

 2000年代のヨーロッパは「ユーフォリア(熱狂的陶酔感を伴う景気循環)」があり、バラ色の明るい未来の展望が喧伝されていたが、2008年のリーマンショックでその熱狂は冷めてしまった。

 現在のヨーロッパの状況は、90年代の日本と似たところがある。経済の構造が変えられないまま、「経済の体温」であるインフレ率が徐々に下がっている。石油価格の低下も成長にはプラスになる反面、物価の下落に追い打ちをかけている面もある。

 今後ヨーロッパは、モノは作れるが、モノを買わなくなるという「日本型デフレ」になっていく可能性がある。需要が減っている商品を削り、需要の高い商品やサービスの生産へと経済を移行することができればいいが、労働や資本が柔軟に動かず、それがなかなかできないという状態である。欧州は賃金の硬直性があり、デフレになりにくかったが、賃金が下がり始めると日本のようなデフレになるだろう。

 日本はデフレから一時期は脱出できたものの、リーマンショック後、再度デフレになってしまった。構造改革と成長戦略が必要だが、なかなか明確な方向性が打ち出せていない。リーマンショック後、早期に調整が進んだアメリカが、2015年内にはゼロ金利政策を変更して金利を引き上げる段階まで到達するとみられていることとは対照的である。日本と同じことが、ヨーロッパでも生じる可能性がある。

金融政策に本当に効果はあるのか

 こうした課題について対応策は考えられる。経済が構造的変化を遂げるときに生じる摩擦的コストを金融・財政政策で和らげ、時間を稼いでいる間に構造改革を進めるというのが本来的な筋道だ。しかし、国債をこれ以上発行できないというギリシャなどの場合においては、金融政策のみに頼るしかなく、中央銀行のいわゆる「量的緩和」の政策しかない。

 それでも、長期的には経済に刺激を与えることができるはずだというのが従来の金融政策の議論であったが、それは果たして本当だろうか。日本も限界的に金利を下げてきたが、経済の押し上げ効果は小さく、新陳代謝は十分速くなかった。今般ECBが、いわゆる量的金融緩和策を実施することを決定したが、経済押し上げについては、それほど高い効果は期待できず、金融市場は次第にそれを織り込んで行くだろう。必ずしもヨーロッパ経済に明るい展望は開けていない。

日本への直接的影響は限定的だが

 ヨーロッパ経済の日本への影響は、ある程度限定されている。中国ほどにはヨーロッパに依存していないからだ。もっとも、ヨーロッパ経済が中国経済に大きな打撃を与えれば、それが日本に波及し、部品生産などに影響することは考えられる。

 また、ヨーロッパ経済にとって良いファクターもある。資源国への投資が回収できないことに起因する金融的混乱のおそれを除けば、原油価格の低下は、ヨーロッパ、そして日本やアメリカにも基本的にプラスに働く。つまり、ガソリンの値段が下がると、国民にとっては経済の押し上げにつながる。それが、即効性はないが、時間をおいて、漢方薬のようにじわじわ効いてくることは考えられる。

(取材・まとめ 工藤郁子)

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