リスクと安全保障


2015.05.12

シンポジウム・リポート 3/3 
2014年10月29日 「これからの日本のリスクを俯瞰する」

専門家から見たリスク・ランドスケープ

各分野の専門家の知見が求められる

 日本が抱えている各種の複合リスクについて、暫定的ではあるがリスク・ランドスケープを作成することができた。東京大学政策ビジョンセンター「複合リスク・ガバナンスと公共政策研究ユニット」が、世界経済フォーラム(WEF)のグローバル・リスク報告書(GRR)の枠組みを元にまとめたものである。ここでは50項目のリスクが経済、環境、地政学、社会、技術の5分野に分類され、それぞれ影響度と発生しやすさ、また各リスク項目の相関が提示されている。

 できあがったリスク・ランドスケープは現在の日本の状況を考慮しているが、各分野の専門家の知見を十分に反映したものとは言えない。では、それぞれの専門家からリスク・ランドスケープはどのように見えるだろうか? 問題点があるとすれば何か?

 こうした検討が、シンポジウムにおける「参加型ラウンドテーブル」で実施された。パネルディスカッション形式で各分野の専門家10名が意見を交換し、会場からの質問も受け、活発な議論となった。複合リスク全体を考える上でも多面的な論点が提出された。主だった論点を見ていこう。

地政学リスクは地域限定の問題ではない

 リスク・ランドスケープの相関図でまず目立つのは、地政学リスクが他の分野のリスクと関連が弱く、自律的な領域を形成していることである。なぜそうなるのか。また、このような関連づけで、日本が置かれている地政学リスクは正しく捉えられるだろうか。安全保障が専門の東京大学法学政治学研究科・藤原帰一教授は、地政学自体の特性、また現在の地政学の状況という視点から提言を行った。

 まず現在の世界の地政学的な状況だが、第二次世界大戦時の連合国と枢軸国、あるは冷戦時の資本主義国と社会主義国といった大きな対立が消え、それぞれの国が、自身が所属している地域問題を重視している。今回のリスク・ランドスケープでも、地政学リスクの項目でも、「近隣諸国との対立」「アジア諸国との関係の不安定化」など日本近隣地域の問題、つまりナショナル・リスクが目立つ。

 しかし考慮しなければならないのは、地政学リスクを地域の限定された問題として見ていくと国際的な理解が得られないことだ。言葉を換えれば、ナショナル・リスクとグローバル・リスクとの関連づけが必要だということになる。その点で、現在のグローバルな変化に着目すると、中国とロシアが国際社会において従来にない形で台頭してきていることが挙げられる。この2国は、民主主義・資本主義の欧米諸国との意思統合が難しく、衝突を生みやすい。

 日本の地政学リスクの点でいうと、今回のリスク・ランドスケープのように、中国の軍事的な台頭に関連した問題が注目されがちだ。しかし、これはリスクとして短期的な特定地域の軍事的な緊張と見るより、中国が軍拡に向かう構造的な要因(中国内の各種の事情)に結びつけて議論する必要がある。その意味では、地政学リスクは短期的であるか構造的であるかという切り分けも重要になる。こうした点が地政学リスクを考える上での課題だ。

10年を超える視点も必要に

 リスクを考える際の期間は、そもそも10年でよいのだろうか?この点について、ラウンドテーブルでは、ビデオ出演による東大名誉教授・安井至氏から問われた。

 そもそもリスク・ランドスケープは、その枠組みとなった世界経済フォーラムのグローバル・リスク報告書でも、リスクの想定期間を向こう10年で区切って見ている。しかし、10年といった期間では見えにくいリスクが存在する。安井氏は、分野を横断的に見て、経済分野の「エネルギー確保の不安定化」、技術分野の「鉱物資源供給の脆弱性」、環境リスクの「気候変動への適応の失敗」などのリスクを取り上げ、それらへの対応は10年を越える視野で考える必要があると指摘した。

 特に気候変動については、世界的な専門家の会議では2035年の状態が推測されている。その時点では温暖化が進展し、かなりの確度で世界が混乱した状態になることがわかっている。石油など化石燃料は国際的に使用禁止なっているかもしれない。そうした10年以上の先のリスクに日本はどう対応したらよいだろうか。

 10年を越える長期リスクの問題は、リスク・ランドスケープでは十分に捉えられていない。気候変動を例にすれば、現在すぐに準備に取りかかっても、15年から20年かかる。それだけの長期リスクに対して、現在から対応が可能だろうか。

 この提起に対してラウンドテーブルでは異なる意見も聞かれた。例えば、10年を越える未来のリスクは、技術革新によって対応可能となるかもしれない。東京大学医学系研究科・渋谷健司教授は、リスクだけに目を向けず、技術進展の可能性にも配慮すべきだろうと提言した。

 長期に見えるリスクでも、基本的に予測が難しいものもがある。例えば、社会リスクの中枢リスクになっている「少子高齢化問題への取り組みの失敗」についてだが、東大大学院人文社会系研究科・白波瀬佐和子教授は、こうしたリスクはあくまで現状の知見でしかない点に注意を促した。過剰な予測に頼りすぎれば現在の政策を歪めてしまう可能性もあるだろう。

リスクの項目にはトレードオフの関係も

 リスク項目間の関係は強さで示されるものだろうか?リスク・ランドスケープでは各リスク項目は関連の強さだけで結びつけて表示されているが、それ以外の関係もあるだろうとの指摘もあった。そもそも複合リスクでは、リスク項目間のトレードオフが存在する。

 一例として、東大大学院工学系研究科・加藤浩徳教授は、地震や津波などの自然災害対応や、地方の過疎化の対策として提起される「コンパクトシティ」(各種機能を集約した都市)を取り上げた。これには確かにリスク対応の側面があるものの、他面、集約化することでテロというリスクには脆弱になるし、人が密集する分、パンデミック(感染症の大流行)のリスクも増大すると指摘した。リスク間の関連では、こうしたトレードオフも考慮しなければならない。

 リスク間のトレードオフの議論に関連して、リスク対応の資源や時間が限られていることから来るより基本的なトレードオフも話題になった。特に深刻な複合リスクが発生した場合、すべてのリスクに対応することはできない。前もって優先順位を考え、それに従って対応することになる。このことは優先順位の低いリスクについては実際上、対応できないことも意味する。対応できないリスクが何であるかを前もって明確にする必要があるはずだ。

 リスク間のトレードオフについては、広義に「トリアージ」としても考えられるとして会場からの質問とも合わせてラウンドテーブルで話題になった。トリアージ(Triage)は、元来はフランス軍の野戦病院での負傷兵の選別法である。「治療が遅れても生命に危険がない者」「直ちに処置を行えば救命が可能な者」「直ちに処置を行っても救命が不可能な者」を選別 (trier)し対応を分ける。

 トリアージは差別的な対応でないかとの反対意見も社会にはあり、リスク対応においてトリアージ的な対応を想定することは現状タブーに近い状態になっている。しかし、リスク対応の基本として考えるべきではないかとの提言は複数の専門家から指摘された。

リスク対応として「レジリエンス」を考えよう

 リスク対応について、「レジリエンス(resilience)」という視点もラウンドテーブルで注目された。「レジリエンス」とは、元来は心理学の用語で、「精神的回復力」「復元力」などとも訳されてきたが、日常的な言葉では「打たれ強さ」と言ってよい。リスクについては、その発生後にいかに社会が早急に回復できるかという能力である。

 レジリエンスからリスクを捉えるという視点は、私たちにリスク対処の根本的な変更を迫ることになる。私たちはリスクというとつい「転ばぬ先の杖」として事前の対応計画を重視しがちだ。しかし、現実に発生したリスクが教えてくれることは、人知をもってしても想定外のリスクはあるという真実である。むしろ、どのようなリスクが発生しても、その被害からできるだけ早急に社会生活が可能な地点にまで回復できるかという「レジリエンス」が重要になる。

 リスク・ランドスケープを元に日本に求められるのは、そこに示されたリスクへの対応の仕組みである。そしてその対応は、リスクに打たれ強いレジリエンスある社会を整備していくことも意味する。

 ここまで、ラウンドテーブルで話題となった論点をいくつか紹介した。リスク・ランドスケープの調査を今後深化させていく上で何が必要なのか、そしてリスクにどのように対応するのか、レジリエンスをどう確保するのか、考えて行かなければならない課題は山積している。

(終)

シンポジウム・リポート <3回シリーズ>

<1/3> 「これからの日本のリスクを俯瞰する」
<2/3> 「これからの日本のリスクを俯瞰する」
<3/3> 「これからの日本のリスクを俯瞰する」

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