リスクと安全保障


2015.05.22

日本の安全保障政策、3つの視点
/慶應義塾大学総合政策学部准教授 神保謙

 4月27日に開催された日米安全保障協議委員会(2+2)で、日米防衛協力のガイドラインが18年ぶりに改定された。日本国内では今年夏に向けて、安全保障法制の整備が本格化する。安全保障論の専門家である慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙氏に、これからの日本の安全保障政策について聞いた。

「グレーゾーン」危機への対処

―― 今後の安全保障政策を考えるためのポイントは何ですか。

神保先生

神保現在の日本の安全保障政策には、大きく分けて3つのポイントがあります。第一に挙げるべきは「グレーゾーン」事態への対処です。その背景には中国の台頭があります。

2000年代は米国同時多発テロ事件を契機として、日本の安全保障政策のグローバル化が模索されました。9.11後の米安全保障戦略の変化に対応すべく、テロ対策特別措置法やイラク支援特別措置法が整備されていましたね。しかし、2010年の「防衛計画の大綱」、2013年「国家安全保障戦略」などでは、明確に対中シフトが打ち出されています。

また2010年は、日本が中国に国内総生産(GDP)で追い抜かれた年です。また9月に尖閣諸島で中国漁船と巡視艇が衝突するという事件が発生しました。日中の鍔迫り合いが深刻な軍事衝突に進展しかねないという懸念と危機感が表面化した年といえるでしょう。

この中国の台頭に伴うもっとも日常的に生じうる物理的摩擦こそがグレーゾーン事態です。この言葉は、2010年の防衛大綱で初めて触れられました。漁船衝突事件もそうでしたが、有事でも平時でもない中間的な事態であるグレーゾーンが、離島防衛の現状を変更させるリスクが高まっています。グレーゾーンからエスカレートして生じうる危機への対処をどうしていくべきかがポイントとなります。

しかし、自衛隊や法執行機関である海上保安庁・警察の現状ではこのようなグレーゾーン危機に十分には対応しきれません。自衛隊は、グレーゾーンに対応すべく純粋な有事から「下がって」対応しなければなりませんし、海上保安庁など警察も一般的な警察行動から事態の深刻化に応じて「上がって」いかなければなりません。上も下も見る形で、法制度や能力を含む防衛体制全体を再構築しなければならないという意識が高まっています。

 

日米ですれ違う「シームレス」の認識

―― 自民党と公明党が合意した「切れ目のない対応を可能とする国内法制」の議論は、この問題意識を具体化したものですね。第二のポイントは?

神保第二のポイントは、やはり日米同盟です。日米同盟は戦後一貫して重要な問題ですが、いま新しい局面を迎えています。

本年4月下旬に新たな日米防衛協力のガイドラインが合意されました。そこでキーワードとして挙がっているのも「切れ目のない対応」を意味する「シームレス」です。平時、グレーゾーン、小規模な有事から大規模な有事まで切れ目なく対応できるような体制を日米が協力して作っていこうということですね。重要な概念の共有だと思います。

ただ日米の当局同士が「シームレス」を同じ概念として用いているのかについては気になっています。

日本側にとってのシームレスは、先ほど申し上げたグレーゾーンへの対処に力点が置かれています。海上保安庁の能力を上げ、法的手続きを簡素化し、事態が悪化した際には海上自衛隊への迅速な橋渡しをしていく必要があります。しかし、米国がこのグレーゾーン事態にどのように関与するのかは明確ではありません。

米国は尖閣諸島に日米安全保障条約第5条が適用されることを繰り返し明言していますが、グレーゾーンは第5条で規定された武力攻撃事態の「手前」で起きる現象です。このグレーゾーンが日中二国間だけの問題なのか、それとも日米同盟の問題なのか。ここは中国にとっては重要な判断の分岐点です。仮に中国がグレーゾーンは日中の問題であり、日米同盟、ひいては中米間の問題ではないと判断すると、グレーゾーンの活動を際限なく拡大していくことが合理的な選択になりかねません。これは、日本にとって望ましいことではありません。

―― 米国がグレーゾーンにコミットしていることを示す方法として、具体的にどんなことが考えられますか。

神保日本の海上保安庁と米国沿岸警備隊(Coast Guard)が協力を深めるという方法も考えられますが、日本の領海と海洋権益を守る法執行の第一義的担い手は海上保安庁であるべきです。洋上や離島における法執行とエスカレーション管理の初期における警察機能と、日米同盟とを日常のミッションとして位置づけるのはなかなか難しい。

重要なのは、平時における情報収集と警戒監視を共同で実施していくことです。例えば、日本の自衛隊は、P3-Cやその後継のP-1哨戒機を飛ばして、情報を収集しています。他方、米国も監視・情報収集活動を東シナ海で行っています。こうした日米独自の活動をより統合して、情報収集・分析機能を高めていくことが重要です。

こうした協力と同時に、米軍に対する自衛隊の支援活動をさらに強化すべきです。日本の防空識別圏に他国の戦闘機が迫ってきたら、自衛隊がスクランブルするわけですが、例えば東シナ海で米国の情報収集機が中国軍機からハラスメントを受けた際にも、航空自衛隊が支援を行う。こうした形で、日米共同の警戒監視(ISR:Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)を東シナ海で確立できると、極めて効果的です。

ここが集団的自衛権の本丸だと私は思っています。日本が直接的な攻撃や威嚇を受けていないにもかかわらず、米軍への威嚇に共同して対応するということだからです。

―― 集団的自衛権行使の議論をする際は、こうした事態を前提にすべきということですね。ところで、米国側は、日米同盟や「シームレス」をどのように位置づけているのでしょうか?

神保米国は、中国との長期的な競争戦略(competitive strategy)の文脈のなかに日米同盟を位置づけていると思います。中国の接近阻止・領域拒否(A2AD:Anti-Access/Area Denial)の拡大に対する作戦アクセス(operational access)の確保が重要視されています。

そう考えると、グレーゾーンはもちろんですが、その先にあるハイエンドな領域において、紛争発生時のシナリオを確立させておくことが米軍の関心事項になります。

日本がハイエンドな領域に対応するためには、自衛隊や在日米軍基地が攻撃を受けた際にも対応できる抗たん性や柔軟性を確保する必要があります。例えば一つの基地が破壊された場合は、民間空港も含めて代替基地を用意し、当初の目的地以外の空港などに着陸できるよう法律や機能を含めて整備するということです。

グレーゾーン対応とハイエンド対応は、必要とされるアセットや協力内容に大きな違いがあります。日本はこのハイエンド紛争への真剣な備えを米国と共有しているかは疑わしいところです。例えば日本の防衛大綱では、大規模な武力紛争の蓋然性は低いことが前提となっています。しかし、米国は、大規模な紛争に備えるからこそ、競争戦略に勝てると考えているわけです。ここに大きな認識ギャップが生じている危険性があります。

国際協力に必要な「ファイナンス」と「対テロミッション」

―― 第三のポイントは何でしょうか?

神保最後のポイントは、国際連携・国際協力です。2つの視点が重要です。

ひとつは、同盟以外の連携(coalition)をどう組むかということです。こちらは特に、東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリア、インドの位置付けが決定的に重要です。

東シナ海だけでなく、南シナ海の現状変更も相当な速度で進んでいます。これは、東南アジアの島嶼諸国、沿岸諸国の能力が不十分であることに起因しています。しかも、これら諸国が軍事力や警察力を整備するには相当な時間がかかります。それまで、域外大国としての日本が役割を果たすことが大切だと思います。

日本は能力構築支援の一貫として、フィリピンに海上保安庁の巡視艇を供与します。今後は新たな防衛装備移転三原則を柔軟に活用しながら、供与するハードウエアを多角化することが必要です。また指揮通信能や情報収集・解析機能の向上のためのソフトウエア支援も重要です。こうしたハード・ソフトを織り交ぜた、総合的な支援により海上における警察能力、警戒監視能力の向上を図ることが求められます。

また、民間側からもすべきことは多くあります。軍民共用で使える港湾・空港その他のインフラ整備などでは、政府開発援助(ODA)や国際協力銀行(JBIC)が果たす役割は大きいでしょう。ODAによるインフラ開発支援、信用保証や長期ローンを通して、積極的にファイナンスを行い、テコ入れしていく必要があります。

また日本がハードウエア面を支援していても、ソフトウエア面を握られたら意味がありません。こうした総合的な能力向上(Capacity Building)を日米豪、場合によっては、インドを含めて協力することが望ましいと思います。

―― もうひとつの国際協力とは?

神保最後は、国際平和協力、開発協力、テロ対策を含めたグローバルな関与です。2000年代初頭に比べると、日本のグローバル協力に対する「熱意」が落ちているのではないかとの印象があります。

昔の国際連合平和維持活動(PKO)と、今日のPKOは違います。政府機能が弱まった地域や停戦合意がなされた地域で内戦の再発を防ぐというのが昔の活動でした。しかし、現在の中東、北アフリカ、西アフリカでは、イスラム過激派の運動体と結びつくような形で、破壊活動やテロが起きています。政府の建物が突然爆破されたり、重要人物が誘拐されたり、市民がスーパーマーケットで人質になったりするというイメージです。このような事例への対応が、PKOのミッションとしても重視されはじめています。

2000年、国際連合に設置された国連平和活動検討パネルは「ブラヒミ報告」を公表しました。90年代にユーゴスラビア、ルワンダ、ソマリアなどで起きた悲劇を受けて、実効性を担保するために、強い武装集団に対抗して強いPKOを現地に入れなければならないという提案がなされたのです。

そして現代のPKOはさらにその先に進もうとしています。テロリズムや反乱活動などの情勢変化を取り込んだPKOとして再構成されようとしているのです。そこに日本がどう関わるか、まだ十分な議論はできていません。
現在の安保法制をめぐる議論でも国際ミッションについては、あたかも90年代の状況を前提としたかのような議論がされています。20年くらい遅れた議論ですね。

―― PKOの役割自体が変わろうとしているのに日本が追いついていない、と?

神保例えば、昨年2013年12月に南スーダンで弾薬の不足が懸念された韓国軍に対して、陸上自衛隊が国連の南スーダン派遣軍(UNMISS)を通じて韓国軍に弾薬1万発を提供したことが話題になりました。

この背景にあるのも、南スーダンで反政府勢力の攻勢により事態が急速に悪化し、現地の治安を守るための武器使用が必要となったからです。現代の反乱武装組織や国際テロ組織は国境を越え、素早く移動して事態を急変させます。内戦で固定化されていたアクター間の平和維持とは条件が異なるのです。

―― 安全保障政策を議論している政治家の意識は、どうなっているのでしょうか。

神保安倍政権が進めている安全保障の法的基盤の再構成は画期的です。国家安全保障会議と国家安全保障局を作り、武器輸出三原則を緩和し、防衛費を若干上向きにし、安全保障法制を含む集団的自衛権の改正に乗り出すという一連の流れを考えると、安全保障・防衛政策を含め、プラスの変化が起きていると思います。
こうしたプラスの変化を、外交を含めた日本のプレゼンス拡大のなかでどう位置づけるかは戦略の問題ですから、左右分かれて様々な意見があるでしょう。大いに議論すれば良いと思っています。ただ、安全保障政策については、議論のレベルに不満があります。

安全保障政策は、力(パワー)によって秩序を保つことと、信頼と協力によって望ましい国際環境を情勢することを両輪として進めなければなりません。パワーを否定して協力のみを進めることは迂闊な戦略ですし、協力を否定してパワーのみで均衡させようとすることも不必要な緊張を高めます。旧態依然とした保守・リベラルの対立構造を越えて、こうした両義性を持つ安全保障政策をどう進めていくか、これが議論の焦点になるべきだと思います。

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