リスクと安全保障


2015.09.01

台湾とロシアと日本
/慶應義塾大学総合政策学部准教授 神保謙

 対中関係や対米関係を考える上で、台湾とロシアに注目しておかなければならない。安全保障論の専門家であり台湾でも教壇に立つ慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙氏に、両国の安全保障政策や対中戦略について聞いた。

台湾の戦略的価値:「厄介な存在」か「安全保障の支柱か」

―― 台湾の現状について教えて下さい。

神保先生

神保いま台湾が置かれている防衛状況は、5年後10年後に日本が置かれるかもしれない環境に似ていると思います。少しきつい言い方をすると、台湾はすでに大陸側とパワーバランスを保つことができなくなり、経常的に劣勢に置かれている状態です。その理由は2つあります。

第一に、2000年代中頃から中国が台湾に対して圧倒的な航空優勢を確保するに至ったことです。台湾は、現在300機超の第四世代戦闘機を持っていますが、2006年頃に中国空軍は保有機数で台湾を上回り、現在は2倍を超える700機を配備するに至りました。もちろん、中国の持つ第四世代戦闘機のすべてが台湾海峡向けではないですが、少なくとも台湾が航空優勢を取ることはありません。

また、中国は1500基以上の短距離ミサイルを台湾に向けていますから、いざとなれば、台湾の防御能力の限界を超えた量で攻撃する、いわゆる「飽和攻撃」ができます。台湾のミサイル防衛は、軍事拠点や首都の重要インフラなどを限定的に防護する役割しか期待できません。こうした事情を考えると、台湾の防衛戦略にとって「優勢」や「均衡」を前提とする時代は終わったのです。

 

―― 台湾単独では防衛できないということですね。二番目の理由は?

神保第二の理由は、中国による軍事侵攻を抑えうるはずの米国の軍事コミットメントが後退しているということです。1979年に成立した米国の台湾関係法に基づく台湾へのコミットメントは、ジョージ・W・ブッシュ政権時代に風向きが変わりました。2000年の大統領就任時には「どのような状態であろうと(Whatever It Takes)台湾を防衛する」と宣言していたのですが、米中関係が経済的な相互依存を深化させ、新しい大国間の関係を模索する中で、台湾の戦略的地位が低下したことが挙げられます。

台湾では2004年の総統選挙に向けて台湾では住民投票を実施して新憲法を制定せよ、という動きが強まっていました。この動きに呼応して、陳水扁総統はミサイル防衛の強化に関する住民投票を実施した経緯があります。しかし米国の対応はきわめて冷淡でした。ブッシュ大統領は温家宝首相と会談し「一方的に台湾海峡の現状を変えようとするいかなる試みにも反対する」と述べ、事実上台湾の政治こそがトラブルメーカーとなりうることを、牽制した形です。米国は台湾が発火点となる紛争に巻き込まれたくない、ということを明示したのです。

一方で、当時米国務副長官だったロバート・ゼーリックなどが中国のことを「責任あるステークホルダー」と述べるなど、中国の役割に期待する論調が高まりました。台湾海峡の安全はアメリカにとっても重要なのですが、その安全を担保するのは、中国が台湾に対する武力侵攻をしないことだけでなく、台湾も勝手に行動しないことが必要と認識されるようになりました。

米政権内でこの考え方が定着していったことは、台湾にとって衝撃でした。米国は全面的な庇護者ではなく、条件付きの庇護者であるばかりか、台湾を「厄介者」としてとらえる論調が増えてきたからです。2010年代に入ると、今度は台湾パッシングの傾向さえ顕著になってきました。つまり、台湾を切り捨てることによって、米中関係が安定するという立場です。

このような見方には私は賛成しませんし、日本の安全保障にとっても台湾の戦略的重要性はきわめて大きいと考えています。しかし、米中のマクロな関係の中で、台湾の戦略的重要性が低下しうる環境に置かれていることは、十分に認識しなければなりません。

面子を捨てて実効性を狙う台湾軍

―― 米台関係や米中関係の変化に、台湾はどう対応していますか。

神保現在の馬英九政権は、経済交流や規制緩和を通じて台中関係の改善を試みました。結果、台湾経済の回復も進み、独立派の多い台湾の中南部の人々ですら大陸に進出しています。かつて独立を主張していた勢力も、大陸進出によって経済的恩恵を享受するようになり、活動自体が弱体化しています。

ただ、現状では馬英九の求心力が低下して支持率が落ちています。昨年12月の地方選も5つの直轄市で全敗でした。また、2014年3月に台湾の学生らが立法院を占拠した「ひまわり学生運動」からも分かるとおり、中国との関係を深めていくことに反対する社会層も広く存在します。香港の「雨傘」デモがもたらした負の影響も大きく、一国両制自体の問題を指摘する声も強まりつつあります。

このままいくと、2016年は民主進歩党が政権を奪うとみられます。安全保障政策と戦略を支えるブレインが、大きく入れ替わることになります。馬英九政権で培われた北京との信頼関係を前提とすることは難しくなるでしょう。そう考えると、台湾情勢はけっして安泰とはいえません。

―― 台湾の安全保障政策はどのように変わる可能性がありますか。

神保台湾が取り得る方向性は、大きく分けて2つです。

第一の方向性は、対称戦略を止めることです。中国と対称的(シンメトリー)な軍事的均衡を追求する姿勢を放棄し、中国に対する非対称的(アシンメトリー)な接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略を採用することです。最近、台湾の海軍は小さめのコルベット艦を大量に購入しました。駆逐艦の半分くらいの大きさで、動きが早くて戦闘能力が高い船です。大きな駆逐艦を少数買うよりも、小さい戦闘艦を大量に買ったということは、プライドを捨てて、独立を守るということをミッションとするという意味だと思います。軍事バランスが崩れた状況を前提とした兵力構成に変えようとしています。これは、台湾海軍にとっては重大な決断で、大きなパラダイムシフトです。

第二の方向性は、強靭性と生存性です。台湾の空港に行って頂ければわかりますが、軍用のアセット防護のためにコンクリートの厚さ、地下の深さ、戦闘機の格納場所など防御体制を整備しています。空港や港湾をミサイル等で攻撃された際には、攻撃に対する耐久力と回復能力、代替施設を使用する能力などがきわめて重要です。この点で、台湾は有事に対する備えを、日本よりもはるかに真剣にしています。これは日本国内の自衛隊基地などと比較すると一目瞭然です。こうした点も、5年後から10年後の自衛隊の態勢整備で教訓となることです。

ロシアとの戦略的協力が重要に

―― 日本の対中戦略を考えるとき、ロシアの位置づけは?

神保ニクソン政権初期に、国家安全保障問題担当補佐官だったヘンリー・キッシンジャーは、対ソ戦略のために中国と手を組みました。米国にとっては対ソ連略を多角化して、戦略的優位性を確保するために、イデオロギー上相容れない中国と接近を図ったわけです。当時の戦略的環境とは大きく異なりますが、現在の日本にとっての最大の戦略課題は中国であることに異論はないと思います。その対中戦略のために、ロシアをどう位置づけるか、ということが今問われていると思います。

安倍総理はプーチン大統領に頻繁に会っています。クリミア半島の占領や東ウクライナの問題が現在も続いているので、米国からみると日本の姿勢に不信感を募らせても不思議ではありません。しかし、日本には日本の戦略プライオリティがあります。対中戦略の一環として、戦略的な協調の選択肢として、ロシアは重要です。日本の「国家安全保障戦略」でも「安全保障及びエネルギー分野を始めあらゆる分野でロシアとの協力を進め、日露関係を全体として高めていくことは、我が国の安全保障を確保する上で極めて重要」だと記述されています。

―― 日本とロシアは、どのようにしてパートナーとなれるでしょうか。

神保日本とロシアの戦略的一致点は、当然、安全保障と経済です。

安全保障については、日露関係が対中ヘッジや対中バランスとして位置づけるという単純な話ではありません。中国とロシアこそ、合同軍事演習、装備協力をはじめ、BRICsや上海協力機構を通じた戦略的協力を深めています。

ただ、ロシアはアジア戦略について本腰を入れたいにもかかわらず、そのなかで中国のウエイトがあまりにも大きすぎると考えているようです。そのときに、中国のオルタナティブとなる国が、日本です。そう考えると、ロシアにとって日本の重要性は高いといえます。

安全保障の協力として、具体的には、海洋における捜索救難や、災害救助・人道支援に関する枠組み協力を増やすことが考えられます。将来的には、日本海から北極海にかけての海洋安全の協力をしつつ、中国の北極海航路に関する問題意識を共有できるといいと思います。北極航路に対する軍事的牽制ができるのが日本とロシアだということが示せると、中国の日本に対する認識は変わります。

―― 逆に、日露関係の障壁となるものは何ですか。

神保北方領土問題は政治的には難しいですが、北方領土がすべての入り口ではないと考えています。北方領土問題は、安全保障の入口を閉ざすものではありません。

―― もうひとつの戦略的な一致点である経済については、いかがでしょうか。

神保ロシアの経済はかなり弱っています。石油価格が下落し、天然ガスも同じような状況です。ヨーロッパに売れる資源が減少していますから、活路をアジアに求めています。その対象となるのは、中国と日本です。

液化天然ガス(LNG)を日本がロシアから輸入することになれば、どこかにLNG基地を作らなければなりません。投資環境を整えて、日本に参入してもらいたいとロシアは考えていると思います。この分野では、いわゆるウィンウィンの関係を築けるので、比較的戦略的なニーズが一致した状態にあるといえるでしょう。

ロシアと東南アジアとの関係についても関心があります。ロシアはベトナムにキロ級潜水艦を6隻売却するのですが、これによりベトナムの軍事能力が増強され、ベトナムの対中戦略の選択肢が増えるでしょう。南シナ海の戦略的な安定性を日露がどのように共有するか、という議論は深めていくべきです。これは、アメリカの方向性とも合わなくはないでしょう。いろいろ面白いことができると期待しています。

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