医療改革


2014.12.19

インタビュー「医療費はなぜ増えるのか、エビデンスに基づいた議論を」
/印南一路先生

―― 印南先生は、医療政策がご専門で、厚生労働省中央社会保険医療協議会(中医協)の委員も務めておられます。日本の医療や介護は、費用が増大の一途をたどり、将来も現在の制度を維持できるのかどうか危ぶまれています。現状の医療・介護問題の本質改革の方向性についておうかがいしたいと思います。

印南先生

印南昔のように人口が増大し、使える資金も増えていくという時代なら、医療や介護の分野に各方面の要望を盛り込むことができました。拡大していくパイの配分を調整していたからです。しかし、現在は逆です。縮小するパイをどう配分するかという困難な状況になっています。

すでに日本の人口は2011年から縮小に転じています。2025年までの期間で見ると、全体の減少に比較して高齢者の人口は減りません。それに合わせて「健康寿命」(健康で生活ができるという意味の寿命)も伸びてくれるとよいのですが、なかなかそうもいきません。健康寿命から平均寿命までの間、医療・介護の需要が高まることになります。

 

「福祉を拡大」では維持できない

印南他方、若年層は減少していて、就労人口も減ることになり、税・保険料収入も減少してきます。そういう状況で、医療や介護の制度を維持していくことはとても大きな課題です。すでに現場では、医師や介護士などマンパワー不足が問題になっています。

財政赤字も大きな問題です。私が厚生省に勤めていた1980年代前半では、医療費が拡大していても、それが財政赤字の要因とはなっていませんでした。現在はそうはいきません。日本の予算は、社会保障の予算を外しては考えられない状況になっています。

もはや医療・介護の分野は、1970年代のように福祉を拡大していくという単純な考え方ではぜんぜん維持できません。今後、本当に守るべきものを守り、そうでないものはできるだけタブー視せず議論し、場合によっては捨てる覚悟も必要になると考えています。

―― 医療・介護の問題は国の政策の問題と見てよいのでしょうか?

印南そこが難しいところです。医療と介護分野に限って言うと、国民の生死に関わる非常に重要なサービスですが、提供しているのは民間です。介護分野はかなり営利事業者が入っています。医療では営利は否定していますが、現場の経営から見ると、営利と非営利とであまり差はありません。配当の有無くらいの違いですね。すると、収入拡大の行動を通じて公共性の強いサービスを提供するという課題が生じます。この課題は、社会主義国家として国家統制ができれば簡単ですし、あるはアメリカのように全部市場原理にまかせるのも簡単ですが、日本はどちらの形でもありません。両者の間を微妙なバランスをとって、うまく行っている国の代表です。しかし今後急速に進んでいく少子・高齢化の中でもこのバランスを維持できるか、となると大きな疑問が残ります。

―― 巨大財政赤字を抱えた現状、医療・介護費をどうしたらよいでしょうか。

印南これはかなり大きな課題です。他にも課題がありますが全部はできません。医療政策は、財政政策ではありませんが、1961年以来、国民皆保険という仕組みを作ってうまく運営してきたので、今後も維持していくことが重要です。

しかし、この医療・介護費の増大という問題は重要であるにもかかわらず、意外とエビデンス(証拠)が少ないのです。医療・介護分野の特殊性もあります。例えば、年金問題であれば、人口動態などを考慮すれば比較的容易に計算ができます。どのようにお金を配分するかという問題だからです。医療の分野はそうはいきません。多様なサービス事業が関わり、その業態ごとに利害や主張が異なります。政治的な発言力の強い団体もあります。また、選挙の票獲得にもつながることから、政治家も関心を持ちます。特に地方では、医療・介護問題は票に結びつきやすいので拡大路線になりがちです。

こうした複雑な背景があるため、私が実際に研究に着手してみますと、基本的な疑問に対するエビデンスが意外に思ったほどなかったのです。

―― 高齢者の増加や医療技術の高額化などが理由かと漠然と思っていました。

印南一般的にはある程度わかっています。医療技術の進歩が大きな原因だという海外の研究もあります。しかし、日本では医療技術の価格は定まっているので、それだけでは説明できません。

例えば、診療報酬改定ですが、通常の改定として1パーセント改定すると、その翌年は検証してみると少なくとも医療費が3%増えます。金額で1兆円です。改定率は政治的な配慮から決まるのですが、数年単位で見ていくと、改定率に関係なく医療費は増えるのです。医療費の統計が出るタイミングが2年ほど遅れるため、あまり気にされていないようですね。改定に関わっている方は、今年度の改定が終わればすぐ次はどうするかという課題にかかりきりになるせいもあるでしょう。

医療費が増える原因はいろいろ列挙されていますが、そのどれがどれだけ重要なのかを学問的に明らかにし、次に、政策として対応できる変数はなにかと考える必要があります。

そのように考えますと、まず高齢化というのは、厚労省が対応してどうにかなるというものでもないので政策変数になりません。また医療技術の進歩については、そもそも進歩はさせたほうがいい性質のものです。医療の質の向上に役立ちます。また医療技術は民間の分野でもあります。特に薬剤がそうです。製薬企業は営利企業としてグローバールで競争しているので、そこを政策的に弱体化させれば、外資が入ってくるだけです。もちろん、外資が入ってもよいのですが、国内の薬剤が外国頼みというのはどうでしょうか。

―― たしかにそうですね。

印南その意味で、医療費がなぜ増大するのかというのは、これまでも研究はされているのですが、しっかりとしたエビデンスを示してから政策提言できる総合研究はあまりなかったのです。実際に調べてみると、いろいろ新しい知見も見つかりました。まだ論文になっていないので、どこまで話していいかわからないのですが......

―― 差し障りのない範囲で、うかがえれば......

印南今回の研究で行ったパネル分析では、病床数の問題で新知見が得られました。これまでにも、医療費の地域差と病床数が関係することはエビデンスもあってわかっていたのですが、医療費の増大に関係しているのかという点では、あいまいでした。理由は、病床と医師数は相関が高いので、両方の変数を入れては分析できなかったためです。ところが今回のパネル分析では、地域と時系列のデータを大量に使って分析できたので、両変数が入れられました。そうすると、どっちが医療費削減に効くのかわかります。その結果は、しばらくしたら、シンクネットにお伝えするので、期待していてください。

―― 病床数の問題は今年の医療報酬改定でも話題になりましたね。

印南病床数が医療費増大のかなりの原因だということはわかってはきましたが、そこで考えて欲しいことがあります。「では、削減できるんですか」ということです。議論はできますが、行政にはあまり権限がないのです。地域医療計画の病床規制を越える分の規制は知事に権限はありますが、現在過剰になっている地域で、民間に減らしなさいという命令はできません。また削減した結果、病院がいきなり倒産されても困ります。人の命がかかっています。住民も反対します。地元の政治家も反対します。エビデンスがあればできるという話ではありません。地域医療構想調整会議が設置されても合意形成は簡単ではないでしょう。

より実施しやすい医療費削減案を先に考えたほうがよいでしょう。たとえば、生活習慣病に関連した疾患は予防が大切だということになっていますが、実際に、予防の活動が医療費削減に効果的かというエビデンスはなかなか見当たらなかったのです。今回、保健師さんの数から分析してみると、若干減るというエビデンスが出て来ました。これは政策的には有効な成果です。病床削減より実質的な影響がありそうです。

医療の無料化は「地域エゴ」

―― 疾病の予防ということであれば、日々の生活の中でできますね。似たような事例はありますか。

印南今回の私の研究ではなく、医療経済研究機構の研究員の成果なのですが、子供の医療費を無料にすると、全体の医療費が増加するということもわかってきました。

みなさん、子供の医療費が無料になることはいいと思っていることでしょう。親御さんの気持ちは理解できますが、医療費を無料にすると、医療の需要が増えます。無料なのでお医者さんに行きやすいし、医師も治療にかける費用をそれほど考慮しなくてすみます。こうしたことから、医療の無料化を実施すると全体では医療費が6パーセントくらい増えます。

地方自治体で医療費が無料になる場合、自己負担分を自治体が支払うことですから、それが3割で、残り7割は一般の人の税を回して補填しているわけです。医療費が無料の自治体に対して、無料ではない自治体が負担していると見ると、一種の「地域エゴ」とも言えるでしょう。もっとも、無料になった状態のほうが本来の治療だという批判もあるかもしれません。そこはまた厳密に調べる必要はあります。

―― その話は驚きです。医療の無料化はよいことだ思っていました。

印南「医療を無料化します」というのは政治家にとっては票に結びつくいい話ですが、政治家というのは、全体の利益を考慮し、場合によっては、国民にもっと耳が痛いことを言う必要があります。

医療では今後、守るべきものと、がまんするものをわけて考える必要があります。救命医療を充実する反面、自立支援は薄くしていくことも考えるべきでしょう。例えば、体が痛いといって気軽に処方される湿布薬ですが、あれも全体として見ると年間1000億円にもなります。こうしたものが、塵も積もれば山となるで、あっという間に1兆円になるでしょう。

厳しいようですが、現状を放置しておくと、結局、悪平等で一律削減という事態になります。医療でこれをやれば、死ぬ人が出て来ます。80歳には救急車は来ませんとなってしまう社会では困ります。そういうことのないように、今から考えておく必要があります。

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