医療改革


2015.01.13

インタビュー「IT導入で医療の効率化と質の向上を」
/国立社会保障・人口問題研究所所長、東京大学名誉教授

―― はじめに、中央社会保険医療協議会(中医協)会長という立場から、森田先生が今の日本の医療で重視されているポイントをお聞かせいただければと思います。

森田先生

森田国の医療政策の大きな課題は、医療の需要の変化に対して適正な提供体制をどのように形成していくかということです。そこには薬や医療技術はもちろん、医師や病院の数、さらには医療費、すなわち診療の価格なども関わってきますが、それらのバランスをどうとるかは非常に難しい問題です。医師がたくさんいても地域的に偏りがあると需要に応えられませんし、負担が大きいと患者が困ります。そうした舵取りも診療報酬を決定する中医協の重要な役割になってきています。

現行制度の下では、国は医療サービスについてはあまり規制せず、基本的に経済的なインセンティブつまり診療報酬でコントロールしようとしています。医師の資格などの医療の質はともかく、医療の提供に関して国が規制しているのは、都道府県別の病床数くらいなのです。つまり、診療報酬のあり方が医療の提供体制に決定的に影響してきます。例えばある地域に専門医が何人、高度医療用ベッドがいくつ必要となれば、その需要に応じるように診療報酬でコントロールしましょう、という仕組みになっています。

 

―― 医療機関の地域偏在もコントロールできるのでしょうか。その診療報酬上の仕組みを具体的に教えていただけますか。

森田そうした調整はなかなか難しいのですが、いくつかの工夫があります。高度急性期病院を例に挙げると、地方だと看護師やコメディカルが集まらず、診療報酬の単価の高いこのタイプの病院の中には維持するのが難しいところもあります。そこで、単価の安い既存の病院でも、その治療を担える所には、条件をクリアすれば病棟単位での高度医療の料金設定を認めるというような工夫をします。高度医療にはお金がかかりますから。しかし、人口減少が深刻になり、患者の総数が減ってきた地域では、そうした手当も限界に達してきています。

現行システムはもはや限界

―― 一方で、医療費全体の問題もありますよね。特に団塊の世代が後期高齢者に入ってくる10年後には医療費が急激にかさんで、日本の医療保険財政は破綻するのでは、と言われています。

森田経済が右肩上がりで医療費が保険料でカバーできた時代は問題なかったのですが、現在では、医療保険財政はすでにパンク状態に近づきつつあります。実際、総医療費の規模は40兆円に迫る勢いで、そのうち3分の1は、現在そして将来の税金が投入されています。しかしこのままではいくら公費や保険料を上げてもシステムがもたないのは明白です。

なぜそうなったのかといえば、高齢化によって患者さんが増えてきたためと、高度で高価な医療技術や医薬品が開発されてきたためです。つまり、医療技術の発達によって長生きできるようになったわけですが、そのぶん医療機関に長くかかるようになり、病気もマルチになってきたのです。高齢者の場合、複数科受診は今や珍しくありません。こうした状況を鑑み、われわれとしてもさまざまな面から医療費を効率的に使用する手立てを議論しているところです。

―― 実際にどんな手立てが考えられるのでしょう?

森田これもなかなか難しい面があるとは思いますが、1つは医薬品や医療技術について、費用対効果があまりないものについては保険適用外にする、あるいは保険による支払に上限を設ける、というものです。中医協で、今、その方法を検討しています。

そしてもう1つ、患者さんにできるだけ医療機関にかかる必要性のない病気については受診を控えてもらうことも必要でしょう。それには、たとえば軽い病気の場合には保険を適用せず、市販薬を利用してもらうといった方法が考えられます。もちろん、これには反対する声があって、軽微な段階で医者にかかった方が重症化しないから結果的に医療費がかからないはずだ、という意見が出てきます。けれども、諸外国の例を見るかぎり、必ずしもそうとは言えないように思われます。たとえばイギリスのNHS(National Health Service)は全体の医療費を抑えるために、医療費を無料にして早い段階での通院を促したのですが、それで医療費の総額を抑えることができたかというと、そうではありません。

―― 受診を抑制するというのは一筋縄ではいかないでしょうね。

森田そうですね。病状は、医学の素人の患者自身はなかなかわかりません。2、3年前に、こうした発想から、受診時定額負担制度が提案されました。これは、1回通院するごとに100円プラスして支払ってもらうというものですが、これに対しては、お金のある人とない人とで健康状態に差が出ることになってよいのか、という反対の声が出て、実現しませんでした。

それともう1つ、治癒の可能性のない人、とくに高齢者の場合には、延命治療を行わない、ということも、最近言われるようになってきました。これは倫理的な問題があるので法整備まできちんとしない限り難しいでしょうが。仮に、そうした法制度が作られた場合、公平・平等を重んじるわが国の文化から見て問題はないか。それに、自己負担してもいいから延命治療をやってほしいという人に対してはどうするかという問題も出てくると思います。

3つの社会保険と終末医療

―― つまるところ、お金のあるなしが寿命に影響するのかという議論がつきまとうと。

森田ええ。けれども、もうほとんど意識がないまま生きている人に対して、胃瘻などをして生かし続けるのがよいことなのかという議論は必要であると思います。生きている限りは医療費だけでなく介護費と年金も支払わなければいけません。先ほど述べたように、社会保障支出を抑制しなければならない現状で、不要な受診を減らす方法を見出すには、この3つの社会保障をセットにして終末医療のあり方を考えることが重要だと思います。

―― お話を伺っていて、そもそも何でもかんでも保険に入れる必要はないといった発想がなかったのはどうしてなのか疑問が浮かびます。一方で、保険診療と保険外診療を併用しやすくする「患者申出療養制度」が新しくできるようですね。

森田1度無料にしたものを後から有料にするというのはとても大変です。医療費の負担増の場合は消費税の引き上げよりもある意味もっと大変でしょうね。

患者申出療養制度のベースにあるのは、保険料でカバーできる範囲に医療の提供をとどめ、そこから先のよりお金のかかる高度な医療は払う能力があり希望する人が受診できる仕組みにしようということです。「それは平等ではない」「わが国の医療を支えてきた皆保険制度を壊すものだ」という声が上がるのもわかりますが、保険システム自体が破綻してしまったら元も子もありません。医療保険に限らず、保険というのは、発生したら非常にコストのかかるリスクに対して、多数の人が負担することによって対処する仕組みですので、リスクの発生確率が増加した場合には、当然に保険料の負担が増加するはずです。逆に言えば、負担できる範囲内でしか、リスクに対応できませんし、その範囲を超えて対応すべきではありません。そうしたある意味、当然の理屈がなかなか正面から通らないのが、今の医療保険財政の一番悩ましい問題です。

―― 突破口はありますか。

森田個人的には、第3の道があるのではないかと思っています。それは、決して万全の策ではなく、一時的な緩和策にすぎないでしょうが、一言でいうと、医療の提供体制の効率化です。具体的には、医療番号制度とITの導入。これは効率化と同時に、医療の質を高めることにもつながる、だから積極的に進めてはどうかと、いま提言しているところです。

―― それを導入すれば、受診の抑制も単価の極端な抑制もせずに今の医療制度を持続させることは可能だと?

森田そこまではいえませんが、医療保険制度の持続可能性を少しは高めることはできると思います。1つの例がビッグデータの活用です。電子カルテで医療データを集めれば疫学的な知見が飛躍的に高まります。特に薬の場合は、効果と副作用を測る上でメリットがあるでしょう。今までのように試行錯誤的にいろいろな薬を飲んで効くものを見つけるということがなくなり、患者さんのタイプ別にピンポイントで効果的な薬を処方できるようになることが期待できるわけです。

また、それによって、どういう治療をしてどういう効果があったかということがわかれば、医療費のどこを削ってどこを手厚くすべきか、つまりより有効な医療資源配分のための情報も得られると思います。

もちろん、これからの医療は遺伝子情報が重要になってくるでしょうから、究極のプライバシーの問題に行く着くことは理解しています。難しい議論になってくるのは確かでしょうが、ITの促進については、日本の医療制度を持続可能にしていくメリットのほうが圧倒的に大きいと思っています。海外の先進諸国では、すでにそうした認識に基づいてIT化が積極的に推進され、効果を上げています。

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