医療改革


2016.05.30

政策シンクネット報告書 「医療費と医療政策に関わる諸問題」

「医療費と医療政策に関わる諸問題」
慶應義塾大学総合政策学部 教授 印南 一路


【研究概要】

医療費と医療政策に関わる諸問題として、以下の3つのテーマについて、本研究は追究した。
Ⅰ 医療費政策の歴史に関する分析
Ⅱ 国民健康保険医療費の増加要因に関するパネル分析
Ⅲ 医療用医薬品の取引慣行に関するシミュレーション分析


Ⅰ 医療費政策の歴史に関する分析
 周知の通り、日本では毎年約1兆円規模で増加する医療費は、公的医療保険財政のみならず、国家財政を逼迫させる状況にある。したがって、医療費の伸びを抑制すること、すなわち医療費問題は解決を要する喫緊の課題とも言える。
 しかし問題解決に向けた議論を展開するためには、医療費問題と関係の深い医療(費)政策の形成過程や歴史的背景を理解しておく必要がある。現在の問題も政策も、過去になされた議論が累積した帰結と言えるからである。そこで、第Ⅰ部では戦後の医療費政策の歴史を紐解き、なぜ医療費問題が生じたのか、どのような政策が、なぜ採用され(あるいはなぜ採用されず)、いかなる効果をもたらしたのか、それらは次の問題設定と政策にどのように影響したのかを辿ることにした。
 その結果、①1960年代までの医療費問題は、あくまで公的医療保険の財政赤字問題であり、厚生省の管轄の問題にとどまっていたこと、②ところが1973年のオイルショック以降、経済が安定成長に移行しはじめた頃から、国家財政の赤字、医療費の増加、高齢化の進展を連関させた議論が登場するようになり、医療費の伸びのコントロールが重要な政策課題として認識されるようになったこと(しかし、政策的には結実しなかった)、③1981年の第2次臨調を機に、医療保険制度のみならず医療供給体制を連動させて改革する「総合的医療費適正化時代」に入ったこと(第一次医療費適正化期)、④バブル経済の到来によりいったん医療費問題は緩和するが、バブルの崩壊とともに再び深刻になり、1998年には、従来型の患者負担の増加を中心とする医療制度改革が行われたこと、⑤さらに、2001年には経済諮問会議の活用による内閣の権限強化に伴い、医療費問題は政府全体の問題に格上げされ、2002年から診療報酬のマイナス改定が繰り返されたこと(第二次医療費適正化期)、⑤さらに、2006年の医療制度改革によって、都道府県による医療費適正化が義務付けられ、しかも具体的な数値目標の達成を目指すという目標管理的手法が導入されたこと、⑥最後に、2015年5月に成立した医療保険制度改革関連法案は、2025年という中期目標を設定し、各地域での関係団体との合意形成が求められているという点で、2006年から続く第二次医療費適正化の系譜を受け継いでおり、目標管理・計画策定の手法をさらに進化させた改革だったことなどが明らかになった。
 また、近年になって議論されているように見える種々の制度・政策、たとえば保険外併用療養費(混合診療問題)は、実は1960年代から検討されていたことも、厚生省内部の資料を子細に検討することによって判明した。

Ⅱ 国民健康保険医療費の増加要因に関するパネル分析
医療費問題は、日本の重要な政策課題の一つである。医療費の増加要因を分析した研究は少なくないが、しかし、要因とされる変数が多く、相互に相関関係があるため、何が最も重要な原因かについては釈然としないのが実態である。そこで、1983年~2012年の都道府県別の国民健康保険医療費データ等を用いて二段階の分析を行った。一つは、医療費とその関連要因の長期推移を観察し、可視化することである。もう一つは、医療費増加要因の比較影響度と診療報酬改定、介護保険制度創設などの政策の医療費への影響度を評価することを目的として、パネルデータとして分析することである。いずれも、一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構の自主研究事業である「都道府県別パネルデータを用いた医療費増加要因の分析」を発展させたものである。
その結果、医療費増加の最大の要因は、巷間よく言われる高齢化でも、また医療経済学の通説になっている所得や医療技術の進歩でもなく、医師数の増加であった。また、病床規制が国保医療費全般の増加率の上昇を抑制している可能性があること、保健師数が老人医療費の増加率の抑制に寄与している可能性があること、在院日数の短縮化が老人入院医療費の増加を抑制している可能性があること、所得や死亡率が医療費増加率を増加させる傾向があることが示唆された。さらに、診療報酬は医療費の増加をもたらす半面、増加率自体は抑制する傾向があること等が確認された。

Ⅲ 医療用医薬品の取引慣行に関するシミュレーション分析
 本研究では、薬価基準制度上、長年にわたり問題視されてきた医薬品流通過程における取引慣行の医薬品提供体制への長期的な影響を流通取引のモデル・シミュレーションによる分析を行った。まず取引慣行の存在する医薬品流通市場をモデル化し、実際の薬価データから各期流通価格を推計した。次に取引慣行に対する政策対応をモデル上でシミュレーションすることで、取引慣行の影響と政策対応の帰結を定量的に把握した。
 主要な結果は以下のようになる。本研究のモデルが仮定するように、総価取引や未妥結・仮納入といった取引慣行が医療機関の薬価差益を生む交渉力の背景となっている時、その改善(縮小)を狙うような政策対応は、「意図せざる結果」として薬価や流通主体の利益に影響を持つ。そして、その影響の程度は各アクターによって異なる。保険財政的観点から考えると、薬価を大きく高止まりさせる。このことは医療機関の価格交渉努力の結果として生じる「財政的利益」や「消費者利益」を政策的に縮小させることを意味する。  この結果は市場競争価格を薬価に反映させるという現行制度の趣旨とは馴染まないだろう。厚労省が今後も取引慣行の改善を政策目標とするのであれば、本研究が示したような政策の「意図せざる結果」にも配慮しながら適切な対応を採る必要がある。


報告書全文を読む [154ページ/PDF 5.5MB]

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