医療改革


2016.11.30

医療・健康分野におけるイノベーションと都道府県の役割

2016年11月30日
政策シンクネット
医療改革ワーキンググループ

  1. はじめに
  2. イノベーションの領域拡大と新しいレギュラトリーサイエンス
  3. イノベーションの国際的枠組みにおいて求められる人材
  4. キャリアモデルと教育プログラム

1.はじめに

 超高齢社会を迎えた日本、および今後迎えつつある国々、また各種の感染症問題や健康格差を抱える世界において、医療に対するニーズが量的にも質的にも急速に高まっている。また、医療資源の相対的な不足や医療における生産性の停滞は、財源問題とあいまって世界共通の課題となっている。このような中で、イノベーションによって生産性を高め、コストを下げてこれらの社会問題を解決すべく、医療・健康分野でのイノベーション推進が求められている。こうした背景を踏まえ、政策シンクネットは、医療・健康分野におけるイノベーションを創出する国際的人材の養成について、そのビジョンや目的、キャリアモデルに関する提言を行う。

2.イノベーションの領域拡大と新しいレギュラトリーサイエンス

 日本は世界有数の長寿社会である。経済成長や社会保障制度の拡充が国民の寿命という質的な面でも一定の安定した成果をもたらしてきた。一方で成長と安定をもたらす上で効果的とされた画一的な勤労・ライフスタイルのモデルは今では多様化しつつあり、一人一人がその人生観・死生観や成熟社会のありかたを模索している。このような日本において求められる健康や医療を考える上で必要なのは、人々が病気や障害、高齢を理由に社会へ参画する機会が閉ざされないようにすることだ。健康上の問題を抱えさまざまな困難に直面しながらも、多くの人々は家庭やビジネス、地域や市民社会において様々な社会生活を望み、営んでいる。その意味で、今後目指すべき社会、目指すべき医療・健康に関する政策とは、人々を病気や障害から根本的に回復させることだけでなく、病気や障害を抱えつつも一人一人が望む形で社会参加ができる状態に移行できるよう支援することである。また、病気という状態を迎える前の段階からある種の予防的な取り組みを充実させることで、生活習慣病や特定の疾病の重篤化を未然に防ぎ、人々がなるべく健康な状態を維持できるようにすることも必要だ。

新しいレギュラトリーサイエンスとビジネス
 健康寿命を伸ばすことへの関心が高まるにつれ、イノベーションへの期待も医療分野のみならず、健康上の問題を抱えた人々の社会参加をこれまで以上に促すことも含むような、より広い領域へと拡張している。こうしたなか、最先端医療技術から保健・公衆衛生分野までを見据えた、新しいレギュラトリーサイエンス(科学技術の革新と有効性・安全性との調整)の枠組みが求められている。
 一般的に、最先端医療技術をはじめとする新しい科学技術をこれまでの医療・健康政策と接続し、社会に有用なイノベーションとするためには、その科学技術の革新性と有効性・安全性とを調整する必要がある。そのためには、一定の規制・制御のルール作りが必要だ。同時に、医療・健康産業の観点からみれば、イノベーションにおいてマーケット、すなわち企業の果たす役割は大きい。しかし、医薬品・医療機器等といった保険制度下でのビジネスモデルを前提にしている企業からすれば、保険適用外となり制度的にファイナンスの仕組みそのものが脆弱で利益が見込めないようなマーケットへの参入は難しい。したがって、まだマーケットとして十分に成熟していない分野については、初期段階においていかに行政が資金面、あるいは認証制度などによるルール作りによって支援を行い、また民間における資金調達を促すことができるかが、イノベーションの可能性を左右する。その意味で、イノベーション促進のためには、新しいマーケットを見据えた規制やルール作り、そしてレギュラトリーサイエンスの枠組みの構築が必要となる。
 イノベーションが生じうる領域は必ずしも最先端医療技術の分野だけにとどまらない。高齢社会における多様な人生観・死生観に基づいた働き方や生き方を想定し、病気や障害を抱えていても一人一人が望む形で社会参加ができるよう支援する健康政策、すなわち病気と健康を二分法で区別するのではなくグラデーションで捉えるような健康政策も求められる中で、ソーシャルイノベーションを含む幅広いイノベーションがますます必要とされている。

都道府県の役割
 この新たな医療・健康政策を想定するときに、新しいマーケットを見据えた規制やルール作り、そして人々の多様な生活を支援するシステム作りにおいて国とは異なる影響力を持つことができるのが都道府県である。
 医療・健康分野における国の規制政策は、大きく分けて薬事法にもとづくポジティブリストを用いたコントロール(薬事承認がされた医薬品のみ保険が適用される)と、医師法にもとづく医師と患者の合意によるコントロールがある。前者のポジティブリストによる規制は、行政が製品・技術等の安全性・有効性についての基準を定め審査・評価を行うという強力な仕組みであり、堅固なシステムのもとに運用される必要がある。他方でグラデーション型の医療を想定した新しい規制政策においてはより柔軟な仕組みが求められるため、医師法の考え方の延長に立つべきである。ここに大きな役割を果たし得るのが都道府県だ。例えば都道府県はガイドラインや第三者による助言などの仕組みを整えることによって、グラデーション型の医療に一定のクオリティコントロールを行うことが可能である。また都道府県は医療機関への介入の権限も持つため、都道府県医師会との自主的申し合わせによりこうした仕組みを構築することもできる。加えて国民健康保険組合や介護保険のスキーム、医療計画等を通じて戦略的かつ弾力的なルール作りを行うことができる。構造改革特区制度の活用や、条例を制定するなどして試行的にルール作りを行うことも可能である。県下の公立学校や病院、介護施設等への調達を通じて、サービスの購入者としての影響力を発揮することも可能であろう。

3.イノベーションの国際的枠組みにおいて求められる人材

 医療・健康イノベーションの推進を考える際には、基礎研究、臨床研究、審査・承認、そして医療現場までをつなぐ、いわゆるイノベーションのエコシステムという考え方が有用である。日本においては、基礎研究と、産業化も見越した臨床研究の間が分断されて「谷」が存在し、それがイノベーションの阻害要因の一つとなっている。こうしたエコシステムの現状、また医療イノベーションを取り巻く国際的な環境を視野に置いたとき、日本においてはどのような対策が必要とされるだろうか。そしてそのために求められる人材とはどのようなものだろうか。

国際的な連携と人材育成における選択と集中
 医療・健康イノベーションのあり方は多様だが、近年の目覚ましいテクノロジーの進歩は創薬や機器開発といった既存の領域ばかりでなく、遺伝子解析、ビッグデータ解析、ロボティクス、ICTといった従来の医療の領域に含まれていなかった領域からのアプローチをも取り込む形で拡張を遂げている。これらの専門領域についてそれぞれのイノベーションのエコシステムの全体像を把握しながら、求められる人材像を明確にする必要がある。その際に焦点となるのが、グローバルな視点での医療・健康イノベーションのエコシステムにおける日本のメリットをどのように捉えるのかという観点だ。例えば上記の専門領域それぞれについて、日本、シンガポール、米国による太平洋をまたいだイノベーションのエコシステムの可能性を見極め、各国の規制政策や財政・金融システムを把握し、関係機関とのパイプを築きながら日本の優位性を活用していくことが考えられる。これらの能力全てを一人の人間が身につけることは現実的ではないため、必要となる能力・人材のポートフォリオを作成し、具体的な人材育成の対象を選択・集中させていく必要がある。
 一方、医療・健康イノベーションにおける国際的な関心は、最先端医療技術のみならず、新しい技術に対する規制のあり方、高齢社会における医療技術や健康政策のあり方といった多岐に渡るテーマに向けられている。最先端の医療技術や資金調達とその後のビジネス展開に関しては、米国西海岸を中心とする医療イノベーションの拠点(スタンフォード大学やカリフォルニア大学各校等)が先進地域の一つとされる。一方、高齢社会における新たな技術やサービスの開発、そして新しい規制や基準づくりに関しては、日本と同様に少子高齢化問題を抱えるアジア圏の新市場、特にシンガポール等が大きな関心を持っている。さらに高齢社会における社会システム構築や人材育成のあり方に関しては、WHOといった国際機関も関心を持ち始めている。
 こうした国際的な連携枠組みを俯瞰的にマネージすることのできる拠点が必要だ。このような連携のハブ機能を日本の中に持つことができれば、高齢社会における医療・健康分野の新しいイノベーションについて、専門技術、規制のあり方、人材育成等の点で国際的に優位に立つことが可能となる。そして、こうした国際的な関心の広がりや求められる人材像を見据え、日本としてどのような人材を養成していくべきか、選択と集中を行うことが肝要である。イノベーションの実践フィールドとなる都道府県は、このような国際的な拠点、ハブとして、さらに人材育成の場としてもふさわしい。

教育、研究、実践
 医療・健康イノベーションにおける人材育成と実践のフィールドがうまく連動するためには、実践的な取組みを学術的に裏付けるリサーチエンジンとしての研究機関が必要となる。特に、最先端医療から社会参画まで広く視野に入れた医療・健康イノベーションを想定する上では、日進月歩の最先端技術についての知識から、現実の足元の社会で実際に起きていることまでを正しく解析し、グローバルに展開可能な形に翻訳していくリサーチ機能が欠かせない。そしてこうした学術的な知見を、具体的な教育プログラム(カリキュラム等)の構築・運営に反映させる必要がある。
 研究機関は必ずしも新設する必要はなく、例えばライフサイエンス分野における産学官の各種研究機関のネットワークという形態をとることも可能だろう。ただしこれらの関係機関が関与するインセンティブとして、実践のフィールドから得られるデータや情報を適切な形で共有し、想定するイノベーションのエコモデルの中で互恵的な関係を築くことが肝要である。
 このように、人材育成を担うスクール、最新の知識や社会の動向を学術的に裏付けるリサーチ機能、都道府県という実践のフィールドの3つの機能が相互に結びつくことで、多様な現場を持つ都道府県の施策と直接リンクしながら、具体的な社会課題の解決を試行錯誤するという貴重な教育的機会を生みだすことができる。こうした特徴を新しい教育プログラムの強みとし、教育機関として全体像をマネージしていくことが望まれる。

4.キャリアモデルと教育プログラム

 医療・健康イノベーションを推進するためには、最先端分野から健康政策までを含めたイノベーションのための新しいレギュラトリーサイエンスの枠組み構築と、国際的な連携を見据えた日本の「強み」の創出が必要である。このような挑戦を担う人材を養成するために、具体的にどのような人々をターゲットとし、どのようなキャリアモデルを提示すべきだろうか。そしてそのために必要な教育プログラムとはどのようなものだろうか。
 キャリアのモデルとしては大きく二種類が考えられる。一つ目は最先端医療分野に重点を置いたキャリア群であり、二つ目は社会参画支援に重点を置いたキャリア群である。
 最先端医療分野においては、一例として以下のようなキャリアモデルが考えられる。ライフサイエンス分野においてイノベーションを求める企業の従業員を想定し、グラデーション型の医療・健康政策に対応した産業を立ち上げることのできる人材へと育成する。そうした人材が持つべき知識やスキルとは、一般的な起業のための知識やレギュレーションの知識に加え、ソーシャルベンチャーの手法や、営利企業とソーシャルイノベーションの連動、NPOなどとの連携のノウハウである。最先端医療技術の個別専門知識については、創薬、遺伝子解析、ビッグデータ解析、ロボティクスといった分野のうち1つを選択し深める。こうした専門技術を持つ企業の社員が起業したり、企業内ベンチャーを立ち上げることも考えられる。この場合、中心となる受講生の対象者は企業人である。
 社会参画支援においては、一例として以下のようなキャリアモデルが考えられる。高齢社会における多様な人生観・死生観にマッチした様々な社会参加・社会貢献の仕方を含むライフプランや働き方のモデル(社会システムモデル)を、国内のみならず国際的な観点から構築し既存の制度や市場システムを踏まえてマネジメントし、必要に応じて制度変革を導くことができる人材。そうした人材が持つべき知識やスキルとは、WHOやJICAといった国際機関・行政機関における対応能力、高齢者政策だけではなく家族政策や教育政策にもわたる全世代対応の社会制度や法律の知識、そしてイノベーションをもたらす新しいマーケット醸成の支援とそのための財源捻出といった医療財政のマネジメント能力である。したがって受講生の対象は国や都道府県などの行政官や新興国等の政策担当者、教育者も想定される。
 なお、最先端医療分野のキャリアにおいても社会参画支援のキャリアにおいても、英語をはじめとする国際的なコミュニケーションやプレゼンテーションの技能に加え、医療・健康イノベーションに関わるレギュラトリーサイエンスに関する知識やスキルについては必修とすることが望ましい。

以上

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